それでも、俺はこの仕事を続けている (丹下竜太)
正直に書く。
これは、うまくいった話じゃない。
自分の人生を振り返って、
「よくやった」と胸を張って言えることは、正直ほとんどない。
逃げたかったこともある。
諦めようと思った夜もある。
全部、実際にあったことだ。
それでも今、
俺はこの仕事を続けている。
理由は、立派なものじゃない。
ただ、途中で投げたまま終わるのが、
一番ダサいと思っただけだ。
俺は、最初から真面目な人間じゃない。
むしろ、どうしようもない側の人間だった。
高校時代は荒れて、
事件を起こして、
自衛隊に行かされた。
自衛隊は、正真正銘の男の世界だった。
年功序列、階級がすべて。
消灯後に呼び出されて殴られることもあった。
夜、布団の中で泣いて、
母親に電話したこともある。
それでも逃げなかった。
逃げたら、また元に戻る気がしたからだ。
自衛隊を辞めて、
結婚して、
仕事も決めずに広島に出てきた。
今思えば、無謀だ。
ディテーリングの仕事も、
最初はやりたかったわけじゃない。
ただ、
早く正社員にならなきゃ終わる
それだけだった。
半年かかると言われた正社員登用を、
3ヶ月で取った。
理由は単純で、
誰よりも早く来て、
誰よりも多くやって、
誰よりも考えただけだ。
その時、初めて
この仕事、俺の人生かもしれん
と思った。
独立した。
準備も、余裕も、後ろ盾もなかった。
結果は、地獄だった。
金は尽き、
仕事はなく、
年商300万にも届かない生活が3年続いた。
3回、本気で死のうと思った。
夜、子どもを抱いて、
「ごめんな」
って謝りながら泣いた。
情けなかった。
情けなさしかなかった。
それでも、
妻は一度も俺を責めなかった。
それが一番、きつかった。
「もう辞める」
そう友達に言った時、
人生が少し動いた。
名前も知らない社長が、
泣いてる俺の話を聞いて、
金と仕事と、
立ち上がるための言葉をくれた。
そこから、少しずつだ。
HPから仕事が入り、
昼は電装、
夜は弁当屋でバイト。
とにかく、
生き残ることだけを考えた。
気づいたら、
倉庫から店舗になり、
法人になり、
従業員もできた。
でも、また苦しんだ。
人に、数字に、責任に。
年商が伸びない3年もあった。
借金でつないだ時期もある。
それでも、
また縁に助けられた。
今、ここに立っているのは、
俺がすごいからじゃない。
助けてもらった数が、人より多かっただけだ。
この文章を読んで、
「重いな」と思った人は、
多分、うちじゃない。
でも、
「分かる気がする」
「この人、不器用だけど嘘ついてなさそうだな」
そう思ってくれた人がいたら、
その人とだけ、仕事ができたらいい。
俺は、
完璧な仕事をする人間じゃない。
でも、
逃げない。
誤魔化さない。
投げない。
それだけは、
人生で何度も失敗して、
身に刻んできた。
もし、
この文章を読んでくれたあなたが、
何かを踏ん張っている途中なら。
俺は、
その横に立てる人間でいたい。
それだけだ。
※この文章は「万人に好かれるため」ではなく、「共感してくれる人にだけ届けばいい」という前提で書いています。
株式会社Best One
代表取締役 丹下 竜太